連載・コラム
新型コロナウイルスの拡大で一気に加速すると言われているデジタルトランスフォーメーション(DX)。テレワークが進み、デジタルチャネルを通じた営業活動が広がるなど、デジタル化が遅れていると言われる製薬業界にも変化が見え始めました。製薬業界では今、DXに対してどのような動きがあり、その先にはどんな世界が待っているのか。デロイト トーマツ コンサルティングのコンサルタントと議論します。(連載の全記事はこちら)
何を工場の強みにするのか
前田雄樹(AnswersNews編集長):製造現場でもデジタル化のニーズが高まっているそうですね。
増井慶太(デロイト トーマツ コンサルティング・執行役員):引き合いは増えていますね。バイオロジクスが普及してくると、どこで治験薬をつくるかということも含めて、製造が研究開発と密接に絡むようになってきました。低分子の時代はCOGS(売上原価)を中心としたボトムラインのマネジメントが論点でしたが、近年、トップラインにも影響を及ぼすような経営課題になってきています。
北里渉(デロイト トーマツ コンサルティング・シニアコンサルタント):デジタルはあくまでツールの1つなので、それを使いこなしていくには目的設定が大事です。
では、何のためにデジタル化を進めるのか。私は、それぞれの工場が製薬工場としての強みをさらに強化するためなんだと思っています。品質なのか、コストなのか、デリバリーなのか。モダリティやライフサイクルによっても製造に求められるものは違いますので、その工場が何を強みにしていこうかということを冷静に見極めていくことが重要です。
「品質」「コスト」「デリバリー」
前田:「品質」「コスト」「デリバリー」、それぞれどんなことがデジタル化の論点になっているのでしょうか。
北里:品質のところでは、「人為的な誤りを最小限にする」ことと「データインテグリティ」です。前者は、GMPの三大原則の1つとしてうたわれています。究極的には人が介在しないプロセスが一番信頼できるということなので、もともとデジタル化の種を含んでいると言えます。後者は最近、製造に限らずよく言われるようになったことですが、誰がやってもデータの信頼性を担保できるという状況を達成するには、やはりデジタルの力が必要になると思います。
コストのところでは、自動化による人件費の削減や、抗体の収率改善などデータを活用した工程の最適化などが挙げられます。最後のデリバリーのところでは、複数の工場、複数の市場の在庫を同時的に管理するためにデジタルを活用しましょうという議論です。
増井:トレーサビリティーへの要求も高まっていると感じています。製薬業界では従来、トレーサビリティーへの意識は必ずしも高くなく、サプライチェーンが不明瞭な部分もありました。そうした課題を解決するため、海外ではブロックチェーンを使ってセキュアな環境を構築するテクノロジー企業やファーマをまたいだコンソーシアムも出てきています。原薬に不純物が混入して生産が一気に止まってしまうケースも報じられていますが、そうなると企業も患者さんもダメージが大きい。なので、生産物流のようなところをITでしっかり管理していこうとうニーズは高まっている印象です。
北里:サプライチェーンが途切れるという点で言うと、サイバー攻撃もちょくちょく起こっていて、それで生産が止まってしまうケースもあります。それにどう対応したらいいだろうかという話もよく聞きますね。
新型コロナの影響は限定的
前田:製造の分野でデジタル化のニーズが高まってきたというのは、ここ数年の話でしょうか。
増井:ここ数年ですね。細胞・遺伝子治療、再生医療、核酸医薬などの新規モダリティが日本でも臨床開発のパイプラインに入ってきたあたりから、と考えていただければ良いかと思います。国内のバイオCMOの供給能力が必ずしも高いわけではないことも一因です。
北里:私もそのように感じています。いくらデータインテグリティの要求があるからといって、コスト競争の色合いが弱い医薬品の工場で「じゃあITに投資しましょう」とはなりにくい。技術がないと競争力を発揮できないし、投資によるコストメリットも大きいモダリティが出てきているので、そこでニーズが高まっているのかなと思います。
前田:営業や臨床開発の分野では、新型コロナウイルスの感染拡大によってデジタル化が一気に進みつつありますが、製造ではいかがでしょうか。
北里:影響は限定的です。人がいないと動かせない製造/試験プロセスが大半ですし、少量多品種の製品を製造する場合、人手による製造の方が効率的なことも多いので、「ここでデジタル化を一気に進めて人がいなくても大丈夫なようにしよう」という発想は非現実的です。ただ、製造サイトへの訪問規制は徹底されているので、AR技術を活用した遠隔での設備のメンテナンスなどは浸透しつつあります。
「変えられない」という思い込み
前田:工場のデジタル化を進める上で、課題となっていることはありますか?
北里:デジタル化へのニーズは高いんですが、実際はなかなか進められないという企業も多いです。その理由としてまず挙げられるのが、マインドセットです。規制産業なので変更は難しいといった思い込みが大きいと感じています。先ほども話に出たように、製造はトップラインにも影響を及ぼす経営課題となっていますので、トップマネジメントがはっきりとメッセージを出すことが重要ですし、クイックウィン的に「ちょっとやって上手くいった」という成功体験を積み重ねることも大事です。
また、IT人材の不足もよく言われます。工場は地方にあることも多いので、なかなか人が集まりにくい。製造、試験、規制、技術といった複数の専門性を持つようなIT人材はほとんどいませんので、やはり社内での育成が必要になります。短期的にプロジェクトベースでデータサイエンティストを雇ってみるのも面白いのではないかと思っています。
3つ目の課題は、「品質は高ければ高いほどいい」という高品質の追求ですね。それによって、システムがガチガチに作り込まれていて、変更するのも大変という状況があります。リスクの高いところを特定し、そこを押さえることで最適な品質を目指すという「クオリティ・リスク・マネジメント」の考え方を実践に落とし込むことができれば、もっとフットワーク軽くデジタル化を進めやすくなるのではないかと思っています。
連続生産 デジタル化が必須
前田:製造の分野では最近、連続生産が大きなトピックになっていると思いますが、ここでもデジタル化は不可欠ですね。
北里:連続生産だと、プロセスごとに継続的に数値を測定し、それらが基準の範囲内に収まっているかどうかという保証の仕方をします。デジタルを活用しなければ継続的にデータを確認し続けるのは難しいですし、複数のパラメーターを同時的に組み合わせてチェックする必要もありますので、これもデジタルの力を使わなければ難しいところかと思います。
増井:連続生産が成立するようになってくると、数百リットルという小さい設備しかないようなCMOでも商用生産が可能になり、勢力図が変わる可能性があります。中堅のCMO、特に化学メーカーのプレゼンスが上がってくるかもしれません。CMOは今、一大マーケットになっていて、商用生産はもちろん、治験薬の製造も1つのマーケットを形成しています。治験薬は、商業薬の薬価とは異なる価格体系となることもポイントです。
北里:そうですね。研究薬や治験薬は毎回作り方が変わる一方、GMPで製品を作るとなると、ガチガチに作り方を固めてしまうので、小回りが効かなくなることが多いんです。その中で無理やり治験薬を作るのはすごく大変で、それも治験薬の製造受託の市場が大きくなっている背景の1つだと思います。
前田:工場のデジタル化を進める上でのポイントは何でしょうか。
ものづくりで勝つ
北里:最初の話に戻りますが、工場に求められていることを見極め、それを達成するためにデジタルを活用していきましょうということですね。要素技術としてはいろいろありますが、決してデジタル化ありきではありません。
今は、日本で販売する医薬品も世界中どこで作ってもいいということになっていますし、海外製造所の品質もどんどんよくなっている。CMOもどんどん最新技術を取り入れています。そうした中で、いかに選ばれる工場になるか。そのためには、自分たちに求められていることをきちんと見極めるのが重要です。
増井:個人的には、日本の新薬メーカーが海外に勝てるのは製造なのではないかと思っています。研究開発のシーズはかなり海外に寄ってきているので、ものづくりで勝てないと日本のメーカーの将来は危うい。次世代の医薬品を考えると、バリューチェーン上の製造の重要度は上がっていくと思います。小さいスケールでもいいので、新しい技術を導入し、ものづくりで勝っていくことが大事なのではないかと考えています。
増井 慶太(ますい・けいた)=写真左。デロイト トーマツ コンサルティング合同会社執行役員/パートナー。米系戦略コンサルティングファーム、独系製薬企業(経営企画)を経て現職。「イノベーション」をキーワードに、事業ポートフォリオ/新規事業開発/研究開発/製造/M&A/営業/マーケティングなど、バリューチェーンを通貫して戦略立案から実行まで支援。東京大教養学部基礎科学科卒業。
北里渉(きたざと・わたる)=写真右。デロイト トーマツ コンサルティング合同会社シニアコンサルタント。外資系製薬企業を経て現職。製薬企業の信頼性保証領域や生産機能を中心に、組織・業務プロセスの改革やIT戦略構築プロジェクトなどに従事。京都大大学院工学研究科卒業。 |
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