今年2月、JVCケンウッドのワイヤレス・ヘッドフォン“EXOFIELD THEATER(エクソフィールド・シアター)"「XP-EXT1」の試作機を体験したレポートをお届けした。その中で、5月頃には日本での販売が始まる予定と書いたが、その後のコロナ禍で生産がストップ、結局8月になってやっと発売開始となった。以後、折りからの「巣籠もり」需要によって順調に販売実績を重ねているという。
そこで、改めて「XP-EXT1」の製品版を借り、約1週間、ぼくのシアタールームでじっくり使ってみた。そのインプレッションをお届けしよう。
EXOFIELDって?
ビクターブランドで発売されている「XP-EXT1」は、同社独自の頭外定位音場処理技術“EXOFIELD”を採用したワイヤレス・ヘッドフォン。2017年に発表されたWiZMUSIC( ウィズミュージック)がその第1弾モデルとなる。発表当時、その上級機「WiZMUSIC90」を体験し、その音のすばらしさに大きな感銘を受けたことは、 2月のレポートでも述べた。
同社の青山スタジオで個人ごとに頭部伝達関数を測定し、そのデータを元に再現されたヘッドフォン・サウンドは驚くべきもので、スタジオ内の眼前に置かれたモニタースピーカーから実際に音が出ている! という錯覚に陥るほどの前方定位が実現され、その音質も飛び切りよかったのである。
ご存知の通り、Lチャンネルの音は左耳だけに、Rチャンネルは右耳だけに届く通常のヘッドフォンでは、モノ成分の音像は「頭内定位」し、スピーカーのように眼前にサウンドステージが広がるわけではない。しかしWiZMUSICであれば、ヘッドフォンなのに、まるでスピーカーで音を聴いているかのような前方定位が実現するのである。
そんな衝撃体験をしていたので、ヘッドフォン・リスニングにあまり積極的ではない筆者だが、XP-EXT1 にはおおいに期待していたのだった。
測定にはスマホアプリを活用
さっそくハコから本体を取り出す。XP-EXT1はプロセッサーユニットとワイヤレス・ヘッドフォン、そして専用のスマホアプリ「EXOFIELD THEATER」で構成される。プロセッサーユニットは拍子抜けするほど軽く、ヘッドフォンは手応えのある重量だ。
新製品のXP-EXT1がWiZMUSICと異なる点は大きく3つ。まず、各リスナーの「聴こえ方」の測定を簡略化したこと。Appストアなどからダウンロードした「EXOFIELD THEATER」アプリ(無料)を使って、簡単に自力で個人特性の測定が可能なのだ。
プロセッサーユニットとヘッドフォンをケーブルでつなぎ、テスト信号(パルス信号とスイープ信号)を発生させると、ヘッドフォン内の内蔵マイクが各人固有の耳内の反射特性を収集、事前に数百人規模で収集したデータとのパターンの合わせ込みを行なって最適化を図るというやり方だ。
実際にやってみると、測定、キャリブレーション、それにデータ転送時間を含めて 1分もかかからない。驚くほど簡単で早い。EXOFIELDの個人測定は4人分可能で、もちろんそれぞれのデータを保存、個別に呼び出すことができる。
2つめが、新たにDolby AtmosやDTS:Xなどのオーバーヘッドスピーカーを使用するイマーシブ・マルチチャンネル再生に対応したこと。WiZMUSICは、2チャンネル・ステレオ限定のサービスだったが、今回はサラウンド効果抜群の最新映画やゲームに幅広く対応したわけである。2chや5.1chコンテンツをアップミックスすることも可能だ。
3つめが、価格が大幅に安くなったこと。WiZMUSIC90はビクタースタジオでの最大4人分の測定料込みで90万円だったが、XP-EXT1の実売10万円前後だ。
XP-EXT1 は、測定時には先述のようにプロセッサーユニットと専用ヘッドフォンをケーブルでつなぐ必要があるが、実際に音楽や映画、ゲームを楽しむときはワイヤレス。2.4/5GHz帯のデュアルバンド・ワイアレス伝送を採用していて、周囲の環境に合わせて音が途切れにくい伝送帯域を自動選択するという。
ヘッドフォンに使われているのは、40mm径の高磁力ドライバーで、遮音性に優れた大型のソフトイヤーパッドが採用されている。装着感はとてもよく、これなら長時間使っても疲れを感じることは少ないだろう。
プロセッサーユニットにはHDMI端子が3系統装備されているほか、光デジタルとアナログ音声入力端子が搭載され、幅広い機器との接続に対応している。
また、本機には4つのサウンドモード「CINEMA/MUSIC/GAME/CUSTOM」が用意されていて、好みの音が選べる。CUSTOMモードに入ると、5バンド(80Hz/400Hz/1kHz/4kHz/10kHz)±6dBのグラフィックイコライザーが使えるようになる。操作はスマホのアプリ上から可能だ。
加えてセンターチャンネルとLFEチャンネルのみ±6dBのゲイン調整が可能。また、リップシンクのズレを補正できる最大120msecのディレイ機能も有している。なるほど痒いところに手が届く機能が満載だ。
実際に聴いてみる
パナソニックのUHD BDプレーヤー「DP-UB9000」とXP-EXT1のプロセッサーユニットをHDMI接続。JVCのプロジェクター「DLA-V9R」の映像を110インチ・スクリーン(オーエスPureMatte Cinema3)に投写して、テストを始める。
最初にDolby Atmos収録のUHD BD「地獄の黙示録 ファイナル・カット」のオープニング・シーンを再生してみる。
右側方から時計回りに旋回する、アナログシンセで制作されたヘリコプターの移動音。EXOFIELDをオンにした状態で聴くと、適度な距離感を伴って、移動音の軌跡が手でつかめそうなほどリアルに実感できる。とくに側方から後方への回り込みはクリアだが、前方に移動音が回り込むと定位が甘くなる印象だ。
EXOFIELDをオフにして同じ場面を再生してみると、スタートの右側方のローター音が耳元で鳴り、十分な距離感が得られない。右後方、左後方、左側方、左前方、センター、右前方と移動していくヘリの軌跡もアバウト。とくに左側方から前方への移動はあいまいだ。
これがいわゆる頭内定位が宿命づけられているヘッドフォン・リスニングの限界なのだろう。また、この頭内定位独特の圧迫感は辛く、 2時間以上続けて映画を見続けるのは、ちょっとしんどいかも……と思う。EXOFIELD THEATERでは、そうした圧迫感が少なく、装着感も優れているので長時間の映画鑑賞にマッチするだろう。
ただし、EXOFIELD THEATERにも気になる部分がないではない。それが低音だ。
「地獄の黙示録 ファイナル・カット」の冒頭部は、ヘリコプターの移動音にザ・ドアーズの「ジ・エンド」がフェードインしていくが、その演奏で聴けるオルガンのフットベースやキックドラムの十分な量感を伴った低音が、EXOFIELDをオンにすると途端に薄くなってしまうのだ。
EXOFIELDをオフにすると、力感と厚みを十分に実感させる低音が聴けるので、ヘッドフォン自体に低音再生能力がないわけではない。EXOFIELDの頭外定位処理の副作用によって、低音の量感が削がれているのだろう。
そこで音声モードを「CINEMA」から「CUSTOM」に変更し、グラフィック・イコライザー (GEQ)機能を用いて80Hzと400Hzを2~3dB持ち上げてみると、「ジ・エンド」のフットベースやキックドラムの低音に実在感が出てきた。
このへんの調整が、XP-EXT1攻略法のポイントだろう。それでもEXOFIELDオフの低音の厚みに比べると物足りないが(ちなみに音声モードの切替えやGEQ調整などはスマホの画面上で行なう) 。
また、前方定位については、WiZMUSIC90のシャープでクリアーな定位感に比べると、残念ながらXP-EXT1の方が甘い。しかし、しばらく観ているうちに視覚誘導効果がはたらくのだろう、定位の甘さはあまり気にならなくなり、スクリーン大画面と組み合わせている違和感が消えていくことがわかった。
次に同じくDolby Atmos収録のUHD BD「リメンバー・ミー」の、トップスピーカーが大活躍する花火の打ち上げシーンを観てみた。
そこかしこから打ち上げられる花火の位置が適度な距離感を伴って描写され、ヘッドフォンで聴いていることを忘れさせるプレゼンス感が実現されるが、残念ながらトップスピーカーを配置したリアル・スピーカー再生に比べると、打ち上げられた花火の「高さ」は実感しにくい。
一方で、同じAtmos収録のUHD BD「フォードvsフェラーリ」のレース・シーンのEXOFIELDの効果はたいへんすばらしかった。
後方から前方へ、右側方から左前方へと唸りを上げて時速300キロ超で走り抜けるフォードGT40のエグゾーストノートが、精密な軌跡で描かれるのである。EXOFIELDをオフにすると、途端にその軌跡が狭くなってレーシングカーのダイナミックな動きが感じ取れなくなってしまう。XP-EXT1 は「高さ」方向よりも「水平」方向の音像移動の描写が得意なのは間違いないようだ。
Atmos同様に、トップスピーカー配置を前提としたDTS:X収録のBD「ドリームガールズ」(米国盤)の再現も、とてもよかった。モータウンのシュープリームスの成功物語に材を採った音楽作品なので、音像がダイナミックに移動したり、トップスピーカーから音が降り注ぐ場面はほとんどないが、EXOFIELDをオンにすることで彼女たちのステージ・シーンの臨場感が俄然高まるのである。
それから「地獄の黙示録 ファイナル・カット」などで感じた低音不足も、なぜかこの作品ではあまり気にならなかった。やはり作品の音響設計とEXOFIELDには相性が存在するのだろう。
EXOFIELDをオフにした通常のヘッドフォン再生にすると、ステージ・シーンの広がりが失せ、観衆のざわめき、拍手の音などが頭の中に定位し、とても窮屈な印象になる。この状態で2時間以上この映画を見続けるのは、けっこう辛いと改めて思う。
映画ソフトだけでなく、2チャンネル収録の音楽CDでもEXOFIELDの効果を試してみたが、はっきり言ってどのコンテンツでもEXOFIELDオフのほうが好ましかった。映像を伴わないので、視覚誘導効果がはたらかないためWiZMUSIC90のようなリアルな前方定位が実感できないし、EXOFIELDをオンにしたときの低音の量感不足が気になってしまうのである。
逆に言えば、EXOFIELDオフ時、つまり通常のヘッドフォン・モードでのXP-EXT1の実力は相当高いとも言えるわけで、10万円以上の高級ヘッドフォン並の音質が実現されていると言っていいだろう。
さて、いかがだっただろうか。簡易測定によるEXOFIELD THEATERの楽しさは十分に味わえたのは事実だが、WiZMUSIC90の音の凄さと比べると、XP-EXT1のワイヤレス・ヘッドフォンを使って、さらに精度の高い個人測定を折り込んだら今回述べた不満点が解決されるのだろうか、とふと考えてしまう。同社の頭外定位音場処理技術は間違いなく掛け替えのないものなので、様々なニーズに応える商品展開を図ってほしいと思う。
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